【レポート】シリア紛争における"認知戦“の経緯 5/8
レポート「シリア紛争における"認知戦“の経緯」を全8回にわたりお届けします。
化学兵器での攻撃をごまかした手法
(3)サリン攻撃(2017年)
2023年のサリン攻撃は凄まじい犠牲者を出したが、米国のオバマ大統領が報復攻撃を手控えたことで、アサド政権軍はその後も化学兵器による住民攻撃を続けた。そのひとつが、2017年4月4日にシリア北西部のイドリブ県ハーン・シャイフーンで行なわれたサリン攻撃だった。
約100人の住民が殺害されたこの攻撃もアサド政権によるもので、今度は米軍がトランプ大統領の命令でシリアを限定的に空爆した。後に化学兵器禁止機関(OPCW)がアサド政権によるサリン攻撃と判断したが、この時もアサド政権とロシアが反体制派の自作自演説を喧伝した。その情報工作の経緯を同年11月に英紙『ガーディアン』の記事「シリアからの教訓~極右の陰謀論を煽らないことが重要である」が詳しく解説報道しているので、そこから引用したい。(13)
まず最初に自作自演説を発信したのは、米国の親アサド系サイト「アル・マスダール・ニュース」である。ここは米国育ちでもともと親ヒズボラ系サイト「エレクトロニック・レジスタンス」の編集者だったリース・アブ・ファデルという人物が2014年に立ち上げた中東ニュースサイトである。おそらくヒズボラ、イラン、アサド政権と関係が深いサイトだが、シリア紛争に関してはとにかくアサド擁護のフェイクニュースを流すことで知られたサイトだった。
その直後、この記事を引用して、前出のSyrian Girlが、前出の全米屈指の陰謀論サイト「Infowars」で拡散した。彼女の記事は「犯行はホワイトヘルメッツによるもの」と陰謀論度がかなりアップされていた。Syrian Girlはマサチューセッツ工科大学(MIT)元教授のセオドア・ポストルとともに極右陰謀論系のポッドキャストに出演し、2人で自作自演説を拡散した。ポストルは自説の陰謀論をWebメディアに投稿したほか(14)、RTもネットに投稿している(15)。
その後、米国の著名ジャーナリストであるロバート・パリーが運営するニュースサイト「Consortiumnews.com」に、やはり著名なオーストラリア人ジャーナリストでドキュメンタリー映画監督のジョン・ピルガーが登場し、ポストルの説を好意的に紹介(16)。さらに親ロシア派として知られる著名な言語学者のノーム・チョムスキーが、左派系メディア「デモクラシー・ナウ!」でやはりポストルを評価して紹介した(17)。さらに前出のシーモア・ハーシュが陰謀論をドイツ紙『ディ・ヴェルト』(Die Welt)に寄稿し、自作自演説を補強した(18)。
これらの陰謀論は、他の多くの西側メディアで否定されたが、一部のSNSユーザーに広く拡散された。その多くが、ガーディアン紙の記事タイトルのように、極右系の陰謀論マニアのようなアカウントでもあった。その最大の推進役はInfowarsだった。つまり、イラン系宣伝機関的な背景を持つアル・マスダール・ニュースが最初に仕掛け、親アサド派のSyrian Girlが極右陰謀論大手のInfowarsで火をつけたのだ。権威付けに利用されたのが、各著名ジャーナリストや親ロシア系学者だ。各媒体は微妙に陰謀論が混じっているところが主だったが、2017年の段階でもはや陰謀論者として知られていたシーモア・ハーシュに寄稿させたドイツの主要紙「ディ・ヴェルト」は見識が疑われる。
(4)塩素ガス攻撃(2018年)
アサド政権軍による化学兵器攻撃については、2018年4月7日にグータで行なわれた塩素ガス攻撃についても、自作自演説が飛び交った。この攻撃に対しては、当時のトランプ大統領が米軍に2度目の懲罰的攻撃を命じたことでも注目されたが、そうした国際社会の反応を見て、アサド政権側も情報工作の烈度を調整している痕跡がある。
この時のアサド政権側の情報工作については、シリア出身の著名ジャーナリストであるハッサン・ハッサンが、ワシントンの外交シンクタンク「ニューラインズ研究所」から創刊した国際情勢解説誌『ニューラインズ・マガジン』が「シリアの化学兵器陰謀論者のエコーチェンバー~非主流派ブロガーの集団が、アサド政権とクレムリンの嘘をオウム返しにするために、不透明な組織から金をもらっている」という詳細な分析記事を発表しているので、引用したい(19)。