【レポート】シリア紛争における"認知戦“の経緯 8/8
レポート「シリア紛争における"認知戦“の経緯」を全8回にわたりお届けしました。
8回にわたってお届けした、レポート「シリア紛争における"認知戦“の経緯」の最終回となります。
現在も活発なSNS情報操作にイラン工作機関の影
最後に、自分たちに有利な方向に人々の意識を誘導する工作は、2024年12月にアサド政権が打倒された後、さらに加速しているのが現状なので、その点を指摘しておきたい。
12月8日に政権は打倒され、反体制派組織「シャーム解放機構」(HTS)が主導する新政権が誕生したが、実は政変自体にさほど激しい戦闘はなく、首都ダマスカスも事実上、無血開城に近い開け渡しだった。つまり、旧アサド政権の要員が無傷で地下に潜ったのだ。そんな状況で、サイバー空間での認知戦は過熱している。
旧アサド政権の残党は、HTSがイスラム教スンニ派の過激派集団で、シーア派やアラウィ派、キリスト教徒などの多宗派コミュニティに対し、過去のISのような残酷な支配を強制してくるという恐怖心をシリア国民に広く拡散したい。そうすれば、国民がHTSを警戒し、新政権を揺るがすことに繋がる。HTSへの反感が広がれば、それを焚きつけて蜂起し、倒すことができるかもしれない。とくにアラウィ派の住民の中には、旧アサド政権側で国民弾圧に加担していた住民も多く、自分たちは恨まれていて、復讐の対象にされるかもしれないとの懸念がある。そんな彼らの疑心暗鬼を扇動するのは、そう難しいことではない。
そこで、旧アサド派は、各地でHTSによる多宗派への暴力行為が蔓延しているとのフェイク情報をネットに流している。もちろん少しは、アサド時代の理不尽な暴力への復讐かもしれない事件は起きているが、あの非道な支配体制が崩壊した後としては、驚くほど新政権は秩序維持に成功している。HTSは復讐行為を禁じ、すべての宗派との和解を優先させて混乱回避を実現した。戦争犯罪や大規模汚職に関与してない旧アサド政権の要員も、新しい国造りに参加したい希望があれば迎え入れた。
しかし、HTSは国全体を統制できるほどの力はまだなかった。また、アサド打倒にはHTS以外の反体制派民兵も参加しており、その統制も完全とは言えない。新政権は武装警察である内務省「総合公安局」を強化して治安維持にあたっているが、充分とは言えない。
旧アサド残党とすれば、新体制の基盤が固まる前に、できれば国内の治安を崩壊させたいわけで、そこでネットで不穏な情報を流しているのだが、実際には偽情報が非常に多い。まったく無関係の説明文を付ける、まったく無関係な画像を使う、アサド時代のアサド軍兵士による暴力シーンをHTSと偽って使うなどが大規模に行なわれているのである。
旧アサド派残党の一部は、そうした誘導工作と同時に、武装テロの準備も進めていた。そんなテロが実行されたのが2025年3月6日である。武装集団が西部の沿岸地方で蜂起。とくに新政権の治安部隊を急襲した。多数の治安部隊要員が殺害され、一時的にいくつかの村も制圧された。
そこで新政府は鎮圧命令を下し、治安部隊の援軍を派遣したが、数が足らなかった。そこで、全国各地から新政権を支持する武装グループが現地に入った。そんな彼らの中に、アサド時代のアラウィ派に反感を持つグループもあった。彼らが暴発し、地域のアラウィ派の村に侵入し、住民を殺戮したのだ。とくに、アサド打倒の戦いでHTSと共闘したシリア北部の親トルコ系民兵連合「シリア国民軍」(SNA)の一部のグループが牽引した暴発だったようだ。
もっとも、騒動自体はもともと先に仕掛けた旧アサド派残党が狙ったものだ。彼らは、蜂起と同時にネットに多くの扇動檄文を流していた。「スンニ派の過激派が他宗派を襲うだろう。銃をとってHTSと戦え」との内容が、いっきにサイバー空間に流入した。
シリアでのネット情報のファクトチェックを行なっている組織「Verify-Sy」スタッフなどを取材しドイツ国営放送『ドイチェ・ヴェレ』(DW)の記事「偽情報がシリアの週末の暴力を激化させた方法」(29)によると、これらの扇動ポストの多くは、レバノンとイラクから投稿されていたとのこと。レバノンはおそらく逃亡した旧アサド政権残党とヒズボラだろうし、イラクはシーア派民兵であろう。DWがシリア人でないという投稿者にコンタクトをとったところ、イラクのシーア派民兵組織「人民動員隊」(PMF)のメンバーだった。レバノンのヒズボラも、イラクのPMFも、いずれもイランのイスラム革命防衛隊の工作機関である「コッズ部隊」の事実上の“手下”である。シリア沿岸地方で蜂起した旧コッズ部隊が仕掛けたものだろう。