【レポート】シリア紛争における"認知戦“の経緯 7/8
レポート「シリア紛争における"認知戦“の経緯」を全8回にわたりお届けします。
アサド政権の認知戦の成功例は日本
こうしたアサド擁護の認知戦は、SNSを主戦場にサイバー空間では大きな成果を上げたが、西側の主要メディアでは主流にはならなかった。シリア情勢をきちんと追うメディアは多く、現地のいわゆる“市民ジャーナリスト”たちも命懸けで情報を送り続けたからだ。民間OSINTグループの「ベリングキャット」のような存在もあった。特に同サイト創設者のエリオット・ヒギンズは、2014年にベリングキャットを立ち上げる前から、ブラウン・モーゼスの筆名で「Brown Moses Blog」を始めており、アサド政権の住民攻撃の実態を暴いていた。とくに2013年のサリン攻撃の時には、それがアサド政権軍による攻撃であることを早い段階から画像分析で暴いた。また、アサド政権の支援にイラン人の兵士が直接参加していたことも、いち早く確認した(24)。こうした多数の人々の努力により、認知戦の効果は一部に留められた。
もっとも、その点でいえば、西側の国で最もアサド政権の認知戦が成功したのは、おそらく日本である。日本ではシリア情勢に通じたメディアはほとんどなく、シリア取材経験のある記者も多くないし、その取材経験も少ない。ダマスカス支部がないので、いわゆるシリア特派員経験者もいない。
いわゆる“専門家”もきわめて少なく、数少ない日本のシリア研究者も、2011年の民主化運動以前から、アサド政権の秘密警察の監視を受けるシリアの学術機関と良好な関係にあった研究者しかいない。もともと希少なシリア専門家が、国営SANA通信をはじめアサド政権側のプロパガンダ・メディアを元に、シリア関連情報を収集・分析するのだから、そうしたエコーチェンバーに入ることになる。また、他にアサド大統領を高く評価する元外交官もいたが、こちらもアサド擁護のエコーチェンバーにいる。
本来であれば、シリア情報に強い西側主要国あるいは中東アラブ圏の研究機関やメディアの情報をフォローできる情報環境が必要なのだが、そうした人材が日本にはいないのである。そして、アサド側発信情報を元に、そうした研究者がメディア解説するという構図が日本のメディアには根付いたといえる。
「反体制派はイスラム過激派だ」
「アサド独裁は秩序維持に必要である」
「反体制派を扇動した諸悪の根源は米国だ」
こうしたアサド擁護の解説が、日本の大手メディアでのシリア情勢報道では主流になったが、こうした国は、西側主要国では日本だけである。
アサド政権の出先機関である在日シリア大使館では、臨時代理大使が広く人脈を広げ、自民党幹部議員から内閣参与、自治体首長まで良好な関係を築いた。シリア研究者が仲介した在日シリア大使館経由の援助も広く行なわれたが、大使館を通じた援助はシリアではほとんどが横領される。実際、海外援助の横領で知られるアサド大統領夫人統括の財団をメインに資金は流れた。アサド側機関に資金が流れる学術研究に文部科学省の科研費が流れたうえ、日本の国立大学の公式イベントに駐日シリア大使の講演やアサド政権の宣伝映画の上映も計画された。
これまで記したような情報工作により、欧米でもアサド擁護派のメディアやSNSアカウントはあるが、圧倒的少数派である。日本の言論界はそういう状況にないが、最大の要因はやはり少数のアサド政権擁護派の専門家がメディアで強い影響力を持ったということに尽きるだろう。日本側の専門家たちの活動は自由で、それぞれ自分の裁量で判断すべきだが、アサド政権側からすれば、在日大使館/駐日大使を使う活動は、工作機関の対日工作である。シリア外務省の海外での政治的な活動はすべてシリア情報工作機関「総合情報局」(ムハバラート)の監視下にある。シリア紛争の全期間を通じて、シリア工作機関の対日工作は、他の西側主要国より格段に成功していたと言っていいだろう。
米下院議員もアサド政権シンパに
他方、欧米諸国に目を向けると、アサド擁護誘導工作は限界があったが、ロシア工作機関が本腰を入れて望んでいた親ロシア誘導工作は、それなりに成果を出していた。ロシア工作機関は特に移民問題から人種差別を扇動することに長けており、そこから欧米の極右系政治家などにも同調者を増やすことに成功したのだ。