【レポート】シリア紛争における"認知戦“の経緯 4/8
レポート「シリア紛争における"認知戦“の経緯」を全8回にわたりお届けします。
誘導工作に篭絡された元敏腕ジャーナリストたち
アサド政権は、もっと国際的な評価の高い著名なジャーナリストも利用した。たとえば英『インデペンデント』紙の重鎮であるロバート・フィスク記者だ。イギリス人のフィスクは、西側メディアでも中東問題、なかでもパレスチナ問題に精通した記者として知られ、数々の国際的な賞も受賞してきた大物ジャーナリストである。
彼の報道スタンスはイスラエルや米国に批判的で一貫しており、逆にそれがゆえに反米陣営に歓迎され、スクープの連発に繋がった面もある。彼は親パレスチナ陣営の一部と共通するアサド支持の立場で、アサド政権とはもともと良好な関係にあった。アサド政権はそんな彼を利用した。
フィスクは2011年10月にダマスカスに招待され、シリア国営テレビにアサド政権高官と出演。その高官から聞いたプロパガンダをそのまま同日、インデペンデント紙に発表した。タイトルは「軍はデモ隊に向けて発砲しないように指示されている」である。(3)
翌2012年8月、彼はアサド政権軍に従軍取材する。アサド政権は西側メディアの記者に対しては、従軍取材はおろか国内での自由な取材も許さないが、フィスクのことは利用できると判断したのだ。そして彼は、殺戮があった町を軍の案内で訪問し、軍が準備した“住民”を取材し、そのまま「虐殺はアサド軍ではなく、反体制派の責任」と示唆する記事を発表している。(4) この記事に対し、民主化運動を主導していた「地域調整員会」は、事実関係を否定する反論を発表している。(5)
なお、フィスクはその後、アサド政権に刑務所に案内され、用意されていた“イスラム過激派の囚人”を取材し、アサド政権が喧伝する「囚人はみなイスラム過激派」というナラティブを拡散する記事を、「拷問は行なわれていない」というアサド側が仕込んだストーリーも含めて書いている。(6)
ここで重要なのは、アサド政権の残虐性・非正当性を糊塗するプロパガンダが、Webメディアなどではなく、イギリスの大手メディアである『インデペンデント』紙で、しかも権威ある大物記者から発信されたということだ。インデペンデント本紙自体は西側の有力メディアであり、シリア紛争に関してはアサド政権の残虐性・非正当性を裏づけるストレートニュースを報じていたが、大ベテランの大御所記者には独自に記事を書く機会が与えられている。それによって、アサド政権、イラン、ロシアの陣営では「英紙がこう書いた」との論調を拡散し、それを反米系のSNSアカウントが大量に拡散するという事象が発生した。これは、アサド政権側の認知戦の工作が、大きな成果を上げた事例になる。ロバート・フィスク記者ほどの大御所であれば、アサド政権のエージェントというわけではあるまい。おそらくアサド政権側の工作機関が、彼がもともと反米・反イスラエル寄りの姿勢でアサド政権に融和的だったことから、プロパガンダに利用できると判断し、招待して従軍取材させるという工作を仕掛け、それにまんまと引っかかったということだろう。フィスク記者はこの件で同業者にかなり批判されたが、その後もアサド政権擁護の記事を書き続けた。アサド政権によるシリア国民の虐殺を否定し、化学兵器を使用した攻撃も否定している。
彼だけではない。同じくアサド政権のプロパガンダ拡散に利用された記者に、英紙『ガーディアン』のジョナサン・スティールもいる。彼はイギリス人で、ガーディアン紙のワシントン支局長、モスクワ支局長、首席海外特派員などを歴任し、世界中で紛争地取材経験が豊富なベテラン・ジャーナリストで、2011年以降、何度もシリア取材を行なっている。だが、2012年1月に「欧米メディアでは決して報じられないが、大半のシリア人はアサド大統領を支持している」というプロパガンダ記事(7)をガーディアン紙に書いており、さらに2018年9月にはアサド政権とロシアの勝利が妥当として、反体制派に降伏を要求する記事も書いている。(8)
なお、スティールはガーディアン紙のベテランでありながら、同時にロシアの宣伝機関である国営メディア「RT」の常連で、2011年以降、アサド擁護の論調を何度も語っている。こちらもおそらくスティールを利用できると判断したロシア側による取り込み工作であろう。ガーディアン紙もイギリスを代表する大手メディアの一つであり、その影響力は大きい。
アサド擁護の論陣を張った記者としては、もう1人、ビッグネームがいた。米国人ベテラン・ジャーナリストのシーモア・ハーシュである。彼はベトナム戦争での米軍によるソンミ村虐殺や、イラク駐留米軍によるアブグレイブ刑務所での拷問など、米軍の暗部をスクープした記者として著名だが、2015年2月、シリアでの毒ガス攻撃はアサド政権ではなく「トルコの陰謀によって反体制派が実行した自作自演」という陰謀論記事を発表した。(9)
ただ、ハーシュはそれだけでなく、近年は「ビンラディン殺害は米軍単独ではなく、パキスタン軍との共同作戦で、死体は海ではなく山中に投棄された」「バルト海のパイプラインであるノルドストリームの爆破は、米国の破壊工作だった」「米国からウクライナへの巨額の支援金を、ゼレンスキー大統領が着服した」などと、根拠皆無の陰謀論記事を量産するライターに変貌している。情報認知力が落ちてきた大物ジャーナリストを標的にしたロシア機関の工作だった可能性もあるが、ハーシュ自身が勝手に暴走した可能性もあり、真相は不明である。
カトリック修道女を独裁擁護に利用
アサド政権が自ら行なった残虐行為を、フェイク情報で糊塗しようとした事件をいくつか見ていきたい。
(1)ホウラ虐殺